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M -1グランプリとフリースタイル・ダンジョン

こんにちは!うるま市にあります学習塾ベンガルです!

さて昨日、Twitterを見ているとタイムライン上で見かけたのがM-1グランプリです。

特に否定的な見解がよく見られ、漫才を愛する方のもつ疑問を多く目にしました。

「これは漫才なのか?」と。

それを見て思い出されたのが「フリースタイル・ダンジョン」という番組です。

今日はそのことを書いていきたいと思いますので、M-1に違和感のある人はお読みください( ´∀`)

フリースタイル・ダンジョンとは?

フリースタイル・ダンジョンとは、社会現象を起こしたとも言える伝説的な番組です。

内容はいたってシンプル。

全国のラッパーが番組の用意した敵(モンスターと番組内では呼ばれていました)とフリースタイルバトル。すべてのモンスターに勝てば賞金がゲットできるというものです。

ぼくの好きな般若が出ていることもあって、かなり見ていた時期もありました。アベマTVありがとう。

フリースタイルラップ自体が独立した文化へ

フリースタイルバトルに特化すると、やっぱりフリースタイルバトルがうまくなるわけです。

フリースタイルバトルで名を知られても、楽曲が売れないということを嘆くラッパーも出てきています。フリースタイルバトルで名を上げても、ヒップホップで名を残せない悲しい流れ。

元々はヒップホップの一つ側面であったフリースタイルバトルがそれ自体で一つのジャンルとして成立していきます。

その中で「フリースタイルだけがヒップホップではない」という声も大きくなっていきました。

ラップってなんだ?ヒップホップってなんだ?という問いが生まれました。

競技化することで独特な進化を遂げる

このように、競技化することは独特な進化を促進します。

一本勝ちを是としていた柔道が、競技としての「JUDO」に変わった時にも同様だったと思います。点数を稼いでの有効勝ちを狙うスタイルへの順応を余儀なくされたと言います。

また浅田真央とキム・ヨナのライバル争いの時にも同様な意見を見たことがあります。(浅田選手は美しい演技でも点数化されない、みたいな)

競技には採点があり、基準があり、採点者がいて、見るものへのわかりやすさがあるわけです。そうすると採点基準やわかりやすさに特化した内容になっていくことは否定できないことです。

むしろ、競技者としては望ましいとすら言えます。

あくまでも可能性の追求にすぎない

話題のM-1も同じことだと思います。

点数化され、全国でライブ放送される。そこには「わかりやすさ」が求められます。「ウケる」「笑える」というわかりやすさに特化していく。

その中で本来の「漫才」とは異なるスタイルへと変わっているのだと思います。

競技化することで独特な進化を重ねてきているのがM-1の世界かもしれません。そして、それで良いとも思う。

むしろ漫才の可能性が広がっていくとすら思います。こういうスタイルはどうだ、こういう笑いはどうだとばかりに揺さぶる。そこは上方漫才大賞とは少し違うわけですね。

そして揺さぶられた人が多いのが今年のM-1決勝なのではないでしょうか。問いが発されたわけです。その問いに答えを出していくのがこれからの出場者であり、審査員だと思います。

たとえこの方向がダメだという答えが出ても良いでしょう。僕もあまり良いとは思いませんが、「こっちはダメだ」という方向性が決まるわけですから。この問いが可能性を広げることになっていくのではないでしょうか。

そう考えると、来年の決勝の顔ぶれ、優勝者のスタイルに今のうちから期待しちゃいますね。全国各地の漫才師たちが、今年の決勝を議論してると思います。その答え合わせとなる来年に期待しちゃってます。

詳しくもないことをここまでダラダラと書いてきてしまいました。今日はこれにて。

僕は和牛と中川家とかかまいたちとかが好きですけど、去年のミルクボーイが「漫才ってここまで面白いのか」って形で優勝してしまったので、今年は大変だったと思います。

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