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【遠藤周作】神の『沈黙』をひたすら引用したら震えた

こんにちは!うるま市にあります学習塾ベンガルです!

先日Twitterにこのような投稿をしました。

ここにあるように19の頃に遠藤周作の『沈黙』という作品に出会って、ほぼ毎年のように読みつづけています。

本棚に4冊あります。笑

最初に読んだのは『海と毒薬』でしたが、こちらの『沈黙』で遠藤周作の圧倒的な文筆の力にひれ伏してしまいました。いまでも思いますが、本当にこんなの書いていいの?というドキドキ感があります。

きょうはそんな遠藤周作による『沈黙』を紹介したいと思います(´∀`)

著:遠藤周作
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目次

遠藤周作『沈黙』

あらすじ

あらすじとして新潮文庫版の裏表紙を引用しておきます。

島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制のあくまで厳しい日本に潜入したポルトガル司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。神の存在、背教の真理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける書き下ろし長編。

新潮文庫版『沈黙』の裏表紙より

ストーリーはいたってシンプルで、キリシタン弾圧下の日本にポルトガル人司祭が潜入しつかまって背教を迫られるというお話です。ほんとそれだけです。

たったそれだけのシンプルな構成が逆にさまざまな問いや葛藤を際立たせ、胸をえぐる傷跡を残します。登場人物も多くはなく、そのシンプルさゆえに人間の内面へ内面へと潜っていきます。

中学社会でいえば鎖国とかの頃です。江戸時代ですね。

キリスト教文学として世界13ヶ国語で翻訳されて広く読まれている作品です。

ちなみに遠藤周作自身もキリスト教徒です。

『沈黙』の個人的な見どころ

ぼくは好きでただ何回も読んでるだけで、論評などを読んだことがありません。

何度も読んできた手前、このあたり面白いぞっていう個人的なポイントをあげておきます。

『沈黙』の個人的な見どころ
  • 神の沈黙
  • 弱さと信仰
  • ドラマを求める西洋人とドラマのない日本人
  • 日本という底なし沼
  • 信仰って何だ?
ゾクゾクしちゃいます!

それぞれ1本ずつ書きたいところですが、疲れるのでやめておきます。たぶん来年も読むので、その時書けたらいいですね。笑

てことで、今日は神の沈黙を引用してみることにします(´∀`)

神の沈黙をひたすら引用したら震えた

それではさっそく神の沈黙に関する記述をひたすらに引用してみます。もう、これだけでドキドキしちゃいますよ。

主はなんのために、これらみじめな百姓たちに、この日本人たちに迫害や拷問と言う試煉をお与えになるのか。いいえ、キチジローが言いたいのはもっと別の怖ろしいことだったのです。それは神の沈黙ということ。 迫害が起こって今日まで二十年、この日本の黒い土地に多くの信徒の呻きがみち、司祭の赤い血が流れ、教会の塔が崩れていくのに、神は自分にささげられた余りにもむごい犠牲を前にして、なお黙っていられる。

『沈黙』遠藤周作(新潮文庫版)83ページ

なにを言いたいのでしょう。自分でもよくわかりませぬ。ただ私にはモキチやイチゾウが主の栄光のために呻き、苦しみ、死んだ今日も、海が暗く、単調な音をたてて浜辺を嚙んでいることが耐えられぬのです。この海の不気味な静けさのうしろに私は神の沈黙をー髪が人々の歎きの声に腕をこまぬいたまま、黙っていられるような気がして……。

同書93ページ

その時、私は、ふとガルペと山にかくれていた頃、時として夜、耳にした海鳴りの音を心に蘇らせました。闇の中で聞えたあの暗い太鼓のような波の音。一晩中、意味もなく打ち寄せては引き、引いては打ち寄せたあの音。その海の波はモキチとイチゾウの死体を無感動に洗い続け、呑みこみ、彼等の死のあとにも同じ表情をしてあそこに拡がっている。そして神はその海と同じように黙っている。黙りつづけている。

同書104ページ

祈りを次から次へと唱え、気をまぎらわせようととしたが、しかし祈りは心を鎮めはしない。主よ、あなたは何故、黙っておられるのです。あなたは何故いつも黙っておられるのですか、と彼は呟き……。

同書145ページ

村は焼かれ、それまで住んでいた者たちはすべて追い払われたというのである。舟は波が鈍い音をたててぶつかったほかは海も陸も、死んだように黙っていた。あなたは何故、すべてを放っておかれたのですかと司祭は弱々しい声で言った。我々があなたのために作った村さえ、あなたは焼かれるままに放っておいたのか。人々が追い払われる時も、あなたは彼等に勇気を与えず、この闇のようにただ黙っておられたのですか。なぜ。そのなぜかという理由だけでも、教えてください。

同書151〜152ページ

果報なる哉。今よりデウスのために死する者……

あなたたちはもう、これ以上、苦患に会うことはないだろうと司祭は熱意をこめて語った。いつまでも、あなたたちを主は放っておかれはします。我々の傷を彼は洗い、その血をふきとってくれる手があるだろう。主はいつまでも黙っておられないのだ。

同書165ページ

一人の人間が死んだというのに、外界はまるでそんなことがなかったように、先程と同じ営みを続けている。こんな馬鹿なことはない。これが殉教というのか。なぜ、あなたは黙っている。あなたは今、あの片眼の百姓がーあなたのためにー死んだということを知っておられる筈だ。なのに何故、こんな静けさを続ける。この真昼の静かさ。蠅の音、愚劣でむごたらしいこととまるで無関係のように、あなたはそっぽを向く。それが……耐えられない。

同書189ページ

灰色の砂がなだらかに拡がり入江に続き、空は曇っているの海は鈍い褐色を帯びている。浜を嚙む単調な音は司祭に、モキチとイチゾウの死を思い起こさせる。あの日、海には絶え間なく霧雨が降り、その雨の中を海鳥が杭のそばまで飛んでいた。くたびれたように海は黙り、神もまた沈黙を守りつづけていたのだ。幾度か心を不意に横切ったこの疑惑に、自分はまだ答えることができなかった。

同書203ページ

司祭は、顔をそらしているフェレイラの眼に突然白い泪が光ったのを見た。日本の黒い着物を着せられ、栗色の気を日本人のように結わせられ、そして名まで沢野忠庵と名づけられ…しかもなお生き続けている。主よ。あなたはまだ黙っていられる。こんな人生にも頑なに黙っていられる。

同書228ページ
フェレイラというのは主人公の師であり、先に日本に入って布教していた司祭。すでに背教している。

司祭は狂ったように首をふり、両耳に指をいれた。しかしフェレイラの声、信徒の呻き声はその耳から容赦なく伝わってきた。よしてくれ。よしてくれ。主よ、あなたは今こそ沈黙を破るべきだ。もう黙っていてはいけぬ。あなたが正であり、善きものであり、愛の存在であることを証明し、あなたが厳としていることを、この地上と人間たちに明示するために何かを言わなければいけない。

同書262ページ

書いてみるとすごい内容ですね。震えてきます。

ちょっと難しい表現も出てきたり、内容がわからないところもあると思いますが、そのヘビーさと司祭の問いの深刻さが伝わってきますよね。

くり返しておきますが、遠藤周作はクリスチャンです。ここまで問うてよいのかという禁忌感すら漂います。

ラストシーンにすごい逆転があります

実は神は黙っているだけではありません。神の声を主人公が感じるシーンが最後にあるんです。

司祭は踏みます。踏み絵に足をかけてしまいます。

しかし、それが単純な棄教にならないのがこの作品のすごいところ。くわしくは読んでみてからがよいと思いますが、新たな信仰の視点を提示しています。

クリスチャンではない僕でも鳥肌が立ち、懐の深さを感じます。これほどに打ちのめされる作品にはなかなか出会えるものではありません。

またどこかのタイミングで読みたいと思います。5冊目でも買って。笑

宗教小説だからとっつきにくいな〜という人には『海と毒薬』をおすすめします!これもまた面白いんです。

著:遠藤周作
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